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大徳寺の高僧、松雲筆の希少な逸品です。個性的な筆致の管長です。禅語は、『やまはよぶばんざいのこえ』お祝いのお席と事の始まりや終わりに最適なお軸です。100年以上前のお軸ですが、お軸も箱も目立った傷や汚れ無く、このままで高僧の逸品をお使い頂けます。軸先は時代のヒビありますが、素材感ある良い色合いです。◯寸法(約)幅41.5センチ、縦197.5センチ 【ご参考】・臨済宗の僧。大徳寺四百八十六世。法諱は玄芳、道号は宗般、松雲は室号。金沢高厳寺で出家。福寺の伽山全楞(大徳寺四百八十二世)に参禅、中原南天棒に印可を受ける。熊本見性寺・福寺に住んだのち大徳寺派管長となる。書・和歌を能くし、歌集『毒華集』がある。市井に「布袋さん」の愛称を持つ。大正11年(1922)寂、75才。宗般玄芳〈そうはんげんほう・1848-1922〉 は、江戸最末期から明治・大正にかけての臨済宗の僧。加賀小松の人。安政3年〈1856〉、9歳にして出家した。その後、各地の宗匠を叩門遊歴、明治13年のころ、山城八幡の福寺の伽山全楞(かさんぜんろう・大徳寺第482世)に参禅、同26年、法を嗣いで大徳寺第486世に出世。一時、熊本の見性寺に住して、見性を姓とする。同31年に福寺に転じ、松雲を号し、諸堂を改修、寺観を一新した。同41年から大徳寺派管長を三期つとめ、大正11年〈1922〉示寂。平素より書に親しみ、和歌も能くし、歌集『毒華集』を遺している。古来、手習詞として親しまれてきた「いろは歌」を六曲一双に大書する。稚拙ともみえる筆致ながら、朴訥とした味わい深い風趣がただよう。
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大徳寺の高僧、松雲筆の希少な逸品です。
個性的な筆致の管長です。
禅語は、『やまはよぶばんざいのこえ』
お祝いのお席と事の始まりや終わりに最適なお軸です。
100年以上前のお軸ですが、お軸も箱も目立った傷や汚れ無く、このままで高僧の逸品をお使い頂けます。
軸先は時代のヒビありますが、素材感ある良い色合いです。
◯寸法(約)
幅41.5センチ、縦197.5センチ
【ご参考】
・臨済宗の僧。大徳寺四百八十六世。
法諱は玄芳、道号は宗般、松雲は室号。
金沢高厳寺で出家。福寺の伽山全楞(大徳寺四百八十二世)に参禅、中原南天棒に印可を受ける。
熊本見性寺・福寺に住んだのち大徳寺派管長となる。書・和歌を能くし、歌集『毒華集』がある。市井に「布袋さん」の愛称を持つ。大正11年(1922)寂、75才。
宗般玄芳〈そうはんげんほう・1848-1922〉 は、江戸最末期から明治・大正にかけての臨済宗の僧。
加賀小松の人。安政3年〈1856〉、9歳にして出家した。その後、各地の宗匠を叩門遊歴、明治13年のころ、山城八幡の福寺の伽山全楞(かさんぜんろう・大徳寺第482世)に参禅、同26年、法を嗣いで大徳寺第486世に出世。
一時、熊本の見性寺に住して、見性を姓とする。同31年に福寺に転じ、松雲を号し、諸堂を改修、寺観を一新した。同41年から大徳寺派管長を三期つとめ、大正11年〈1922〉示寂。平素より書に親しみ、和歌も能くし、歌集『毒華集』を遺している。古来、手習詞として親しまれてきた「いろは歌」を六曲一双に大書する。稚拙ともみえる筆致ながら、朴訥とした味わい深い風趣がただよう。